翻訳と辞書
Words near each other
・ 清浄浴
・ 清浄潔白
・ 清浄無垢
・ 清浄経
・ 清浄華院
・ 清浄薬
・ 清浄表面
・ 清浄装置
・ 清浄道論
・ 清浄院
清浄院 (加藤清正室)
・ 清浦
・ 清浦内閣
・ 清浦区
・ 清浦夏実
・ 清浦奎吾
・ 清浦奎吾内閣
・ 清浦政権
・ 清浦錬子
・ 清浦雷作


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

清浄院 (加藤清正室) : ミニ英和和英辞書
清浄院 (加藤清正室)[せいじょういん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

清浄 : [しょうじょう, せいじょう]
  1. (adj-na,n) pure 2. clean 3. purity 
: [か]
 【名詞】 1. addition 2. increase 
: [ふじ]
 【名詞】 1. wisteria 
: [ただし, せい, しょう]
 【名詞】 1. (logical) true 2. regular 
正室 : [せいしつ]
 【名詞】 1. room for receiving guests 2. legal wife 3. heir
: [しつ, むろ]
 【名詞】1. greenhouse 2. icehouse 3. cellar, cell

清浄院 (加藤清正室) : ウィキペディア日本語版
清浄院 (加藤清正室)[せいじょういん]

清浄院(せいじょういん、しょうじょういん、正字:清淨院、天正10年(1582年) - 明暦2年9月17日1656年11月3日))は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての女性。加藤清正継室水野忠重の娘。名はかな。
== 生涯 ==
天正10年(1582年)、三河国刈谷城主・水野忠重の娘として誕生。
その後、徳川家康養女となり、慶長4年(1599年)、18歳で加藤清正と結婚し正室として大坂屋敷に入った。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いを前に清正の待つ熊本へと脱出。同地で八十姫(瑤林院)を生む。
清正死後も熊本城にあって、化粧料1万石(加藤家侍帳)を与えられ、幼年の2代忠広を支えて重きをなす。忠広の室に江戸幕府将軍徳川秀忠の養女・崇法院蒲生秀行と家康三女振姫の娘)を熊本に迎え、清正の長女・あま姫(本浄院)を徳川譜代の重臣・阿部正次嫡男政澄の室に出し、夫の家康との生前の約束である八十姫(瑤林院)と徳川頼宣の結婚を履行させるなど、加藤家と徳川家の絆を結ぶことに尽くす。
加藤氏改易後は、清正の京都の菩提寺である本圀寺門前に住み、清正の菩提を弔って余生を過ごす。明暦2年(1656年)に死去、享年75。本圀寺の清正廟〔本圀寺の寺伝によれば、文禄元年(1592年)、加藤清正は朝鮮出征の際、本圀寺に自身の肉歯・毛髪を石室に納め、生き墓「真生廟」を建立して出征したとされている。〕の隣に埋葬される。八十姫は深く悲しみ、両親墓に並べて自身の逆修墓(生前墓)を建て、墓前に池を掘り加藤家墓地として整備、両親の戒名を並べた父母位牌(和歌山報恩寺蔵)を作り、日夜供養したという。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「清浄院 (加藤清正室)」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.